南伊豆町みちくさウルトラマラソン100 kmに参戦してきました:レース編
ウルトラマラソンに参加してきましたよ、というお話。
事前準備についてはこちらを参照:
本記事の最後に本大会で学んだことなど記しているのでそこだけ読んでくださっても構いません。
今回の内容です。
- レースプラン(というより心のお守り)
- レース
- 5:00 スタート。
- コースアウト(スタート〜一条竹の子村)
- 第一エイド〜第一関門(一条竹の子村〜石廊崎オーシャンパーク)
- 第一関門〜青野大地ダム登り始め
- 青野大池ダム登り始め〜第二関門(蛇石バス停)
- 第二関門(蛇石バス停)〜 長者ヶ原
- 長者ヶ原〜雲見
- 雲見〜第三関門(波勝崎モンキーベイ)
- 第三関門(波勝崎モンキーベイ)〜一丁田アート村〜子浦
- 子浦〜ゴール (起こそうキセキを!)
- 僕らの走って来た道は…
- 反省 and 次回へのメモなど
- 参考サイト様
レースプラン(というより心のお守り)
エイドが19個あり、各5分休むと考えても、キロ7で走れば完走。つまり、7 * 100 + 5 * 19 = 795で13時間15分。これでも約1時間の余裕がある。これなら無理なく完走できる…と、なんども自分に言い聞かせていた(メンタルを保つ目的)。
こう考えておくと、平地において多少スピードを緩めても気にならなくなります。つまり、レースプランは心のお守りとして機能するわけです。
実際には、ログをみるとキロ6 〜 6:50程のペースで平地を走り、余剰の時間は登りの貯金とする走り方をしていたようです。
また、撤退基準に設定していたのは、以下の2つ。
- 脚の靭帯が致命的に痛くなる
- 運営による足切り
それ以外の、たとえば心が折れたからリタイア、みたいなのは絶対になしだ、と決めていた。
レース
就寝は22:00頃。いつもと違う布団だからあんまり寝れなかったけど、それでも5時間は寝たかったので無理やり寝る。
朝は3:00起床。コンビニで買っただんごをもぐもぐ。ゼッケンつけたり、計測センサーつけたりしていたら、結局ペンションを出たのは4:00くらいだったかな。会場までは同じペンションに宿泊していた人と一緒に向かった。
話してみるとこの人は同大会のベテランとわかった。なんと、去年100 kmを完走したらしい。その時点で尊敬すべき先駆者である。
しかも、初の100 kmにビビっている僕に対してフランクで、ネガティブなことを一切言わない。弱気になっていたが、話していてハッとさせられる。そうだよな、弱気なことは一言も言わないようにしよう。
その人と話している中で『雲見』という単語が出てくる。ふむふむ、どうやら雲見からが本当の勝負どころらしい。
雲を、見る。
どっかの登りのピークかな?雲見に到着して、19:00まで余裕があれば完走できる1つの指標になるとのこと。良い情報を貰った。
その人とは会場前で『お互い頑張りましょう!』とエールを送りあい、おわかれ。荷物をビニール袋に入れて預けたりトイレに行ったりしているうちにもうほとんどスタート時間。
暗闇の中に明るい空間。会場である
ここから出ていくのか…と心がワクワクする。
気温はちょっと寒いくらい。でも脚だし + ゲイター + ウインドブレーカー + 半袖で十分。どうやら、かなりの好天候だったらしい。おかげで大変暑かったが。
5:00 スタート。
ウェーブで20名ずつ出ていく。僕は5:05にスタート。岩本さんの本にある通り、フルマラソンみたいなスピードで飛び出していく人たちもいる。が、気にせずマイペースを貫く。
ウルトラランナーには、タイムマネジメントに関して、『貯金を作る』という考え方と、『貯金は借金』という考え方の2つがあるようだが、僕は後者です。本当の意味で一度終わった脚がその大会中に復活することはどう考えてもあり得ないので。そもそも、キロ7で100 km走っても完走できる時間制限なのだ。完走狙いならここで無理しすぎる方が良くない、とか思っていた。
コースアウト(スタート〜一条竹の子村)
そんな中まさかのトラブル発生。のんびり走ってると、5km地点くらいで集団の先頭が引き返してきたので僕もよく事情がわからないまま引き返す。
話を聞いてみると、温泉街による蒸気、それによって構成される霧地帯 + そもそも暗い、この2条件が重なり合った結果、道の掲示が見えず、曲がるべきところで曲がれなかったみたい。コースアウト。(ウルトラ用語でロストと言うそうだ)
※ 確かに、途中で『おかしいなぁ』って言ってるおじさん居ましたわね…ただの逆張りおじさんだと思っていました、本当にすみません。
本大会が競技色の強い大会であれば救済はなかったのでしょうが、ファンラン色が強い大会なので救済が。運営の方々が、折り返しから 約2km地点で待ち構えていて、マイクロバスで第一エイドまで連れて行ってくれたのだ。本当に助かったよ…誰かが連絡してくれたのでしょうか?ありがとうございます。
第一エイド〜第一関門(一条竹の子村〜石廊崎オーシャンパーク)
しかし、バスでの移動時間や余分に走った距離など諸々含めるとコースアウトにより20分くらいの時間ロス。結果として、第一エイドに到着したのは6:00くらいだった。
正直めちゃくちゃ焦る。
『関門までは3時間15分。第一エイドまで24 kmくらい。キロ8だとほぼ間に合わない…弓ヶ浜は走れない部分があると聞いたし…むむむ…キロ7でも168, 195-168=27……いっそキロ5で走るか?……いやいや』
なーんて言葉が頭をグルグルする。最悪のマインドだ。『ウルトラマラソンだ、トラブルが起こって当然』という岩本さんの言葉を思い出して走るが…さっきの言葉がやっぱり頭の中をグルグル。えっ完走できなくね?どうすんの?…嫌だな、嫌だよ…
…ビィ……ルビィ……
『頑張ルビィ!』
はーい頑張ります。
ウルトラマラソンは、起きること全てを受け止めて、全てを楽しもうというマインドで挑むべき競技なのだな、と改めて思わされた瞬間であった。
さて、どれだけ悩んだり不安になったりしても完走に向けて出来ることは走ることだけなので、
- 気持ち早めのペースで走り(キロ6:10-6:30くらい)
- エイドでも長いこと滞在しない
- 途中の弓ヶ浜周辺のクロカンコースも出来るだけ走る。
- 登りも遅くて良いので走る
等々しながら距離をこなしていく。
※ 弓ヶ浜のクロカンコースは傾斜がキツくてまともに走れない部分 (登山) や、そもそも岩場だから走ると危険な部分などある。なので、ここで大体2 km 15分 ~ 20分くらいかかることになる。
それでも第一関門についたのは足切り12分前。
もし、コースレイアウトが真逆で、山岳地帯が最初に来る形だったら間違いなく第一関門で切られていただろうな。
このコースアウトが理由となり第一関門で切られた人もいたのだろうか。
※ が、レース後、冷静に振り返ってみると。100 kmにおける完走率が例年と著変がないことから、このコースアウトは、完走という結果自体には大きな影響をもたらしたわけではない、と考えられます。40人規模でのコースアウトでしたので、少なくない人数が影響を受けている筈ではありますが影響の少ない要因としては、
- 運営による救済
- コロナによる関門時間の15分延長
- 好天候によるスピードアップ
の3つが挙げられます。
もちろん、元々関門で足切りを食らうであろう人々がコースアウトしたので、結果としては完走率は変わらない、ということも考えられますが…
しかしこのあたりで、コースを正しく走ったであろう集団のケツが見え始めたので、
(まぁこの人たちからパスしていけば完走できるだろう)
とも思い若干の心の平穏を得る。
第一関門〜青野大地ダム登り始め
第一関門•石廊崎から中木へと下るところで、スタッフの方と2-3 km走る。この方は地元の方で、来月開催される駅伝に出るとのことで、トレーニング目的で35 kmくらいの距離を毎年走ってるらしい。
非常に陽気な方で、話していて楽しい。また、この人のペース合わせて走ってる分には息も上がらないし楽だが(あれ…このペースでしばらく行くと脚がなくなるぞ?)と気づく。
ちょうど名所への寄り道スポットがあり、その人とはそこでお別れ。この長旅で誰かと話すのは精神的に助かったので、ありがたい。
名所は、南伊豆ウルトラマラソンのポスターにもなっている、鐘のあるスポット。本来なら撮るべきだったんだろう。が、一枚遠くからパシャパシャしておしまい。
すごい良い眺めなんだけどな。でも、足切りまで12分しかないので。
さて、そこから実はあんまり覚えていない。猪汁とか食べたような気がする。あと、心が折れそうになって頑張ルビィを何回かしていた気がするが…
多分意識が飛んでいたんだろうな。特に大きなイベントもなく、心を無にしてひたすら足を進めるだけであった。ただ、ログを見ると登りはキロ8〜10くらい、下りはキロ5〜6くらいで走っているようなので、ペースは意識してちゃんと走っていたみたいです。
意識を取り戻したのが45 kmくらいから始まる青野大地ダムへの登り。
青野大池ダム登り始め〜第二関門(蛇石バス停)
青野大地ダム登りData
分岐部 標高56 m → ピーク標高203 m, 長さ2.7 km
終盤5つの登りの最初。前記事にも記しましたが、フルマラソンに相当する距離を走ってから登りが始まるので、かなりやばいキツい。
もうひとつメンタルを折りにくる要素は、66 km, 78 kmコースの方々は颯爽と•ご機嫌に道を直進するのに、非常に不可解だがなぜか100 kmコースの人だけ道を右折させられる。すごく八つ当たりしたい気持ちになった。
しかも折り返しなので、先頭を走っている折り返し集団の顔が見える。いや早えよアンタら…。が、『ナイスランです!』『ファイトだよ!』『あとちょっとです!(なおピークまで2 km)』などなど声をかけてくださるので、こちらも踏ん張ルビィ!と心を再起する。
し最初2 km程度は1-2%程度のゆるい登りが続くが(走れる)、本格的な登りでは5 - 10%程度のキツい斜度がある(無理やり走る or ここだけ歩く)。
ピークを過ぎ、小さなダム湖を一周すると下りが始まるが、やはり斜度がキツいのでまともに降りれない。途中苔が生えていたりとなかなかデンジャラス。
というか、なんで道を下るのに登ったんだ!(激怒)
ピークからちょっと降ったところにエイドがあるので、そこでイブプロフェンとメイタンカフェイン入りエナジージェル、2RUNを飲む。そもそも靭帯に痛いところが無かったのでイブプロフェンは効果はなかったが、カフェインジェルは素晴らしかった。重い脚がすっと軽くなり、『まだ行ける!』とメンタルも楽になる。
このあたりでようやく50 km。いや、もう50 kmだ。このエイドに到着したのがスタートしてから大体6時間半後だったかな。
ダムから降りきって元の道に戻ってからは、蛇石バス停までの緩やかな登り。大体キロ6:30〜7周辺くらいのペースで進む。ちらほら走れなくなる人が出てくるころであり、落ちてくる人をパスしつつ進む。
が、後で思い返すと一番キツかったのはここで、長い下りよるダメージ + 走れる若干の登り + じりじりと照りつける太陽 + 次のエイドまでの距離が8 km弱 (= 50分くらいは水も飲めないし何も食えない期間)。
頭の中でやめたいサイレンが鳴っているような状態ではないが、『うーん歩きたいな〜』と葛藤しながら前へと進む。
※ なお、登りはキツくなったら歩く言い訳があるのでそこそこ楽です。惰性で前に進めるので。
第二関門(蛇石バス停)〜 長者ヶ原
長者ヶ原登りData
バス停 標高 192 m → ピーク標高466 m, 長さ4.3 km
そうしてなんとかたどり着いた第二関門。足切りまで1時間半の余裕があったので、胸を撫で下ろす。なんとかなりそう。
※ 後からログを見返すと、この第二関門までの登りでそこそこ登っていたみたいですね。
あたりを見回すと、道路に座ったり、ストレッチしたりしている人たちも。しかし、僕の今の状況だと、座ってしまうともう歩けないと分かっていたので、準備を終わらせてすぐさま走り出す。
周りの人の『ウルトラはここからだよ!』という言葉に『たった43 kmじゃん、まだ時間あるし』と心の中で思っていたが、これは大きな間違いだった。
このあと、概算にはなるが、250, 250, 200, 100mと縦に登るのだ。さすがに悪意があるでしょう…。
斜度は1 % ~ 10 %くらいのものが連続します。舗装路ではありますが、ノリは全部登山。
上でも書きましたが、おそらく歩くと関門に間に合わない。なので、出来るだけ走るのだが……いろんな考え方をしてみたが、
『100 m歩いたら200 m走る』
『心拍が130を下回ったらしばらく(適当に)走る』
など工夫。少し走るだけでもペースが明らかに変わるので、完走により近づく。また、ずっと歩いていると体が弱いペースに慣れてしまうのでよくない。
長者ヶ原〜雲見
長者ヶ原〜雲見からは海抜0まで一気に下る。苦労して上げた標高を一気に下る。
天神原までの下りはマイナスイオンたっぷりで楽しい部分もあった。こういうくだりは結構好きなんですが…最悪だったのが雲見への下り。
天神原から緩めの下りを楽しく下っていると、一回公道っぽいところに出る。ここから、おっ走りやすいか?とか期待すると横道に案内される。
ほーん、そっち走るのね。うむうむ……は?()
いやこの道斜度がキツいんだわ!!!(激怒)、しかも路面石だし!
まさか下りで歩くことになるとは思わなかった。足底がいてぇ…となってる僕の横を、颯爽とハイスピードで下るおばあちゃんに心の中で(なんで…)とかツッコミを入れる。
これがなかなか終わらないのです。だって天神原から雲見まで5 km降るからね。
永遠に思える下りを終わらせて雲見エイドに到着。
雲見からは海と富士山が見えて感動。
エイドにはあんまりカロリーを補給できそうな食料はない。ここで、エネルギージェルを飲み、イブプロフェンを再び投与。たぶんイブプロフェンは効かないけど…。
このあたりになると、近くを走っている人とは走力が似通ってくる。となると、あとは精神力のみが問題になってくる。
……先ほどから明らかに余裕そうに走っているアベックがいるけど。どうやら聞き耳を立てている限りではロストした人らしく、ファンラン目的に切り替えたのかな?
また走り出す。
雲見〜第三関門(波勝崎モンキーベイ)
雲見からの登りData
雲見 標高 12 m → ピーク 標高265 m, 長さ3.7 km
ここから、必死で降った道を登ることになる。その事実に心が耐えられなくてエイドの人に
『これ登るならなんで下ったんですか?』と伺うも
『人生ってそういうものだから』と、
60-70代の地元の人に仰られ、『そっかぁ…』と。坂道を登るのも、人生の大先輩に言われたらしょうがないよね。
『おそらく完走は可能だろう、残り二つの峠は全歩きするとして、でも余裕は1時間くらいは欲しいな、じゃあここから第三関門までは頑張らなきゃダメだ』とか考えていたっけな。
苦悶の表情で降ってくる人々に最大限のエンパシーを示しながらこちらも苦悶の表情で登る。
やはり戦法としては
『100 m歩いたら200 m走る』
『心拍が130を下回ったらしばらく(適当に)走る』
等々を用いる。
ある程度登ると『道として頂上っぽく』なったので、(ああ、登りはここで終わりか)と判断。記憶が飛んでいたのかもしれないけど、体感的には下りの方が長かった。
で、またなんだ。また、降るんだ。
雲見から250 mまで上げた標高をモンキーベイまで下る。しかも斜度がキツい。そのせいで一回一回の接地が苦痛なのだ。まさか、登ることよりも降ることの方が辛いと思う日が来るとは思わなかった。
あまりに耐えきれなくて、くだりを歩いていると、登りは走らないのに降りでぶっ飛ばしている他クラスの人々にぶちぬかれていく。
(覚えとけよ…登りでぶち抜いてやるからな…) と陰湿なことを考えて、そして追い越す。なぜなら、
なんとモンキーベイまでのくだりは登り返す部分が三か所有り、こういうところで下りを飛ばす人々は止まるので追い越せる!…なんてことをやっているといつの間にか抜かれなくなる。
上記の様なランナー同士の決闘を数こなすうちに、ガードレールの上にお猿さんが座っているのを目撃。最初はスタッフかと思ったが、お猿さん。モンキーベイ……ああ、第三関門が近づいているんだ…!と脚に再び活力が戻る。
第三関門(波勝崎モンキーベイ)〜一丁田アート村〜子浦
波勝崎モンキーベイからの登りData
波勝崎モンキーベイ 標高 5 m → 一丁田アート村 標高204 m, 長さ3.1 km
到着時刻は15:10くらい。第三関門であるモンキーベイに、足切りまで1時間くらいの余裕を持ってつけた。ゴールまであと22 km, そして制限まで4時間ある。うん、これなら、歩いても完走できる。なので、もういいかな、ということで。ここで心が折れた。
モンキーベイ〜伊浜、伊浜〜一丁田アート村の登りはほとんど歩いた。当然だが走っている人はおらず、もうみんな死にそうな顔をしていた。僕も同じだ。心を無にして歩を進める。日が暮れ始め、夕方になる。夕日を見ながら登る、山道と海はなんとも美しかった。
一丁田アート村のエイド、最早記憶がない……ここから、また下る。もういいよ…とか思いながらボロボロの足を引きずって、他クラスの参加者の人に「頑張りましょう!」とか声をかけて、自分を鼓舞して走る。
後から振り返っても、どんなことを考えていたかまったく覚えていません。
もはやリタイアという選択肢は残されていない。
ただただ、進むだけで終わる。
子浦〜ゴール (起こそうキセキを!)
子浦からの登りData
波勝崎モンキーベイ 標高 13 m → ピーク 標高 127 m, 長さ1.8 km
子浦に到着。もう日は暮れていて、ヘッドライトを点灯する必要があった。
エイドにおける周りのお喋りも少ない、みんな座り込んで下を向いている。
ここで最後のカフェイン入りジェルを摂取。キマるけれど、まだ100 m級の峠を走り切るくらいの元気はない。上で心が折れたと書いたけれど、しばらく歩くうちにどうせなら最後の峠は走ってやろうと、ちっぽけなプライドが顔をのぞかせた。
『アレ』を聞くときが来たか…!
最後にとっておいたメンタルリセットの手段。
ラブライブ!サンシャイン!!の曲を聞く。
サウンドトラックの『起こそうキセキを!』。
聞き始めると、合わせて何度も何度も見てきたあのアニメーションが浮かんでくる。
がおーーー!!!
…動くわけがない脚からスッと疲れがなくなる。ウソのようになくなる。信じられなかったが、全身が『まだやれる!』と言っている。
キセキが、起きたのだ
子浦からの登りを走って登る。普段の練習か?と思うくらいの心拍数でゴリゴリと。
できるなら最初からやれ。
下りもフォアでかっ飛ばして下る。気持ちいい。まだまだ行ける。
吉祥のエイドに着く。
エイドのソーメンをかき込もうとすると、ウッと吐き気が襲ってくる。当然だ、疲れた体で無理してハイペースで登ったのだ。ここからは歩こう…
♪ 限界までやっちゃえ最後まで
じれったい自分 越えるときだよ ♪
『ONE FOR ALL』からの『MIRACLE WAVE』。
そうだ、高海千歌はバク転ロンダートを跳んだ。
その事実が、脚的には限界に近い自分に、本当の元気とやる気をくれた。
体が、頭が、イケると言っている。ラストの8 km、どこまでやれるか分からないけれど、ペースを上げよう、そう決めた。
ここから全力で走る。もう足は動かなくなっている。それでも動かす。そうだ、ここはコースアウトした時に通った道だ。ということはゴールまでもうすぐだ。
そうして、ゴール周辺の風景が見えて来た。
僕らの走って来た道は…
フラフラになりながらゴールラインを越えた。不思議と実感はわかなかった。フルマラソンを走ったこともない、60 km走もしていない、別に長距離が得意な訳でもない。そんな自分が100 kmという距離を走ったのが信じられなかった。
手続きをすませてゴール横に倒れ込む。
表彰状にはギリギリでサブ13を示すタイム。純粋に嬉しかった。
※ 走行中にイヤホンで音楽を聴く行為は危険です。片耳で聞く、外音取り込み機能のあるイヤホンを使用するなどの工夫を行いましょう。
最後になりますが、このコロナ状況下にて大会を開催してくださった運営の方々・南伊豆の自治体の方々に感謝を申し上げます。まことにありがとうございました。
反省 and 次回へのメモなど
- 脚力的にサブ13というタイムはbest effortでもないような気がするので、ウルトラに慣れる + 距離耐性を付ける等の努力で、タイムをもっと縮めることができると考えています。そもそも短距離のスピードがもっとあればまた違うでしょうね。
- ギリギリサブ13 : 100 kmクラスの中央値くらい。つまり半分の人は13時間~14時間くらいでゴールすることになります。
- 当然だが、この大会を楽しむためには脚力が必要。サブスリーくらいの脚力があれば制限時間を気にせず写真を撮って走れるだろう。
- キロ7で走って5 * 19エイドで休む作戦はほとんど機能しなかった。コースのレイアウトが坂道と下りだらけだから。結局はこういう山道レイアウトでは、長距離を走り慣れて、自分の心地いいペースを知っておくことが大事。60 kmとかまで走らなくても、フルマラソンの完走経験はあった方が良い (ペースを算出するためのF2.7の公式などがあるので)
また、本大会のようにこれだけエイドがあると1時間くらいロスするみたいです。なので、目標タイムがある場合には、それより30秒くらい早く走る必要があるのではないかと思われます。 - マップは確認しておきましょう。マップを入れることのできるSmart watchなどもあるようです。これらを有効活用するべき。今回は運営さんのご好意によりなんとか戻していただけましたが、これがなければ第一関門で足切りでした。
- 今回スマートフォンや財布、モバイルバッテリー、ウェットティッシュなど入れましたがほとんど使わなかった。というかコースにそもそもコンビニが無いので財布は使う機会がありません…
- 南伊豆ウルトラマラソンは、登りをどう走るかよりも下りをどうマネージメントするかが大切そう。HOKAは下りをうまくマネージメントすることに重きを置いているそうなので、本大会との相性がいいかも?
- 100 km参加者については、後半のエイドでは食料がなくなっているので、ジェルなどを持ちましょう。それが嫌なら脚力を磨くか。
- 『基本は走る』というマインドを持っておくこと。登りを全部歩こうという判断をする人は逆説的になりますが、14時間というリミットで走り切れないので、地道でもいいので登りで走る必要があります。また、登りを全歩きしようとすると、身体が休眠モードに入るので多少走ってでも起きていてもらう必要がありそう。
- カフェインジェルはキマる。カフェイン入りジェルをどのタイミングで飲むのか?などは事前に決めておいても良かったかもしれない。
理想のタイミングとしては次のエイドまで距離が長い時や、これから長い登りのある時など。 - コーラは最強のエネルギー源。とりあえず食うものに困ったらコーラを飲むこと。これでハンガーは起こさなくなります。
- 帽子を日差し除けに装備していましたが、これは良かった!
- 食える能力もウルトラのうちだ、と感じました。僕は飲み会のたびに暴飲暴食、そうでなくても暴飲暴食なので食う事には困らないのですが、走ってるうちに食えなくなる人もいるそうです。それは……どうするのがいいんでしょうね。コンポタみたいな消化に悪いものを食べないようにすることから始めるといいかもしれません
- キツい時に思考を流されないようにするマントラや合言葉を持っておく事。僕の場合は『頑張ルビィ』でしたが、個々人でそういうのを持っておくと、メンタル的に楽に走れます。
- 人間、脳にリミッターが仕込まれているようなので、ドアを押してみると実際にはもう少し走れるなどということがよくある。覚えているだけでも今回のウルトラで三回ほど同現象を体験した。おそらく、肉体的に限界なのではなく、長時間労働で脳が疲れている時のように、脚を動かすという行為に飽きているだけかも?音楽を聴くなど、リラックスできる手段を用意しておきましょう。
- 大会日は宿泊しないと酷い目に遭う。
- 大会後の経過ですが、当日はまともに歩けず、翌日もほとんど歩けない。二日目には痛みを伴いますが歩行スピードが元に戻り、三日目には違和感を伴いますがほぼ健常。四日目には少しくらいなら走れるようになります。
現在大会より7日経ちましたが、インターバル走など再開しています。しかし、大会後の経過は強度や年齢にも大きく依存すると思うので、あくまで参考までに。
参考サイト様
前々回大会の参加者様です。距離やエイド情報、走行時の記録など自分より詳細に記録されています。南伊豆参加を考えられている人の参考になると思います。
ランキングなど作られており、また南伊豆をサブテン真近で走られている猛者です。参考になる。
そうそう、ショートカットしている人いるよね。青野大師ダムのあたり。あまりにも辛すぎるからなのか、どういうモチベーションなのかはわからないけれど……
同大会を完走されたかたのブログです。僕より写真等々の記録が多く、景観や道路などの参考になるかと思います。
NEXT : ハーフでサブ90
Thanks,